【INTERVIEW】Paul Chastain (The Small Square, Velvet Crush)

paulchastain290年代、誰もが胸を熱くした名曲の数々を世に送り出してきたVelvet Crush。ポールさんの “今” を届けるべくインタビューを敢行!
日本語版は、なんとポールさんの奥様の解説付き(茶色)です!(2015年10月20日)

ーアルバム発売そしてジャパン・ツアー決定おめでとうございます。まずは近況をお聞かせください。
ツアーの準備や新しい曲を考えたりしてるよ。そろそろレコーディングを始めたいとも思ってる。また、新しいアルバムのことをもっと多くの人に知ってもらおうと頑張ってもいるよ。それから子供たちが成長していくのを見るのや、毎日新しいことを学ぶのも楽しいよ。

ー30年来の盟友ジョン・リチャードソンとのユニット、The Small Squareはどういった経緯でスタートしたのでしょうか?
かなり前のことだけど、シャンペーンにいる友達の、ダレン・クーパー( Three Hour Tour) 、アダム・シュミット、そしてジョンといっしょに曲を作り演奏してみようというアイデアがあったんだ。何回か集まって、Dream Fakerというバンド名で実際に何回かライブもした。でも、いっしょに曲を作っている途中で上手く行かなくなって、やめちゃった。だけどジョンと僕とで2人だけで続けたらきっと上手くいって楽しいだろうと思った。それで、2人で、出来る時に曲を完成させたり、レコーディングしたりしてちょっとずつ進めていったんだ。ジョンは、僕の住むシャンペーンから車で8時間のところに住んでいるので、なかなか頻繁には会えなかったけど、頑張って続けて、それで完成した曲が、今回のアルバムになった、っていうこと。
smallsquare2(ジョンの住んでいる家は元々は農場で、スタジオは、古いファームハウスをスタジオに改造したものです。drum farm studioという名前が付いていますが、古い曲の中には、まだ、スタジオとして改築する前の建物で録音したものもあるそうです。農場はもうしてないらしいけど、まだ動物がいっぱいいるんですよ。捨得の時のフライヤーなどに出ていた羊は、ジョンの羊です。)

ーアルバムについてお伺いします。各楽曲はいつ頃書かれたものですか?
“So Low” と “SML” は、かなり古いよ。Velvet Crushがレコーディングをやめたすぐ後くらいに作ったと思う。”Dream Faker” や “After The Tears” は日本のソニーのために作ってみたデモ曲から始まったんだ。”Dream Faker” は前からあったけど最近になってやっと完成させたもので、”After The Tears” は比較的新しい曲だよ。 僕のデモで始まった曲とは違って、”Wild Chump” と “Otherwhile” は、ジョンといっしょに作り始めた一番古い曲。それから “Enough to know” は、たしか2006年くらいにジョンのスタジオで作り始めたと思うよ。
(”After The Tears” は、5人組の某グループに書いた曲です(誰でしょう〜)。また、”Otherwhile” は、ファンの人からもらった手紙に “otherwhile” という言葉があって、なんとなく気に入って、ずっと歌詞に使ってみたくて、そしてとうとう使ったそうです。)

ージェフリー・アンダーヒルとも共作されてますね(”Dream Faker (Open Your Heart)”)。胸が熱くなりました。この曲のエピソードなどありますか?
この曲のデモは、ずっと前に作ったんだよ。ギターからドラムマシーンのトラックまで僕が入れて、ジョンに送って、ジョンが僕なしで、ジョンのスタジオで本当のドラムを入れた。曲は気に入ってたんだけど「これ!」という歌詞が思い浮かばずメロディーも不完全なままだったんだ。日本にいたある日、ふと、昔ジェフリーと僕がどんな風にいっしょに曲を作っていたかを思い出し、彼に連絡をとって、手伝ってくれないか聞いてみた。ジェフリーはすごく興味を示してくれて、一週間かそこらで、デモを作り、送り返してくれた。それで、彼の作った歌詞とメロディーのアイデアと僕のとを組み合わせて、早速ボーカルのレコーディングを始めて、数日でmixingを始めたんだ。何年も脇にやっていたのが、あっという間に出来上がったんだ!もっと早くジェフリーに相談すればよかった!と思ったよ。

ーBadfingerのジョーイ・モーランドが参加していますね(”Otherwhile”、”The Trip”)。若々しいエネルギッシュなプレイに圧倒されました。演奏に関してはジョーイさんにお任せだったのですか?
ジョーイに録音した曲を聞かせてみて、「それに何か加えてみてよ」とリクエストしたんだ。僕は初めは、”Otherwhile” ではジョーイにコードの部分を弾いてもらって、後から僕の弾いたコードを取ってしまおうと考えていた。だけど、ジョーイはその案はあんまり気に入らなかったみたい。なので、次は曲の最後に少しリードギターを加えてみてくれないかと頼んで弾いてもらった。”The Trip” は、感じるままに自由に弾いてもらった。そしたら、曲の柱となるジョンの考えたキーボードのラインに似たラインをギターで弾き始めてくれたんだ。彼が弾いてすごくよくなったと思ってるよ。それ以外にも、ジョーイはいくつかアイデアを出してくれて弾いてみてくれた。レコーディング・セッションの後、彼の住んでるミネアポリスに彼を車で送ったんだけど、その時に “All Things Must Pass” のレコーディング・セッションの時のことを話してくれた。ジョーイとバッドフィンガーのバンドのメンバーはあのアルバムのバンドの一員だったんだ。とても興味深かった。ジョーイはジョージやクラプトン、リンゴーのそばで演奏していたんだ。また、定期的にレノンの家に通ってそこでのブルースジャムに参加してた。ジョーイは、あのすごいシーンの真ん中にいたんだ!彼はとても謙遜して、彼がファンであるトム・ペティに初めて会って、自分で自己紹介をする前に、トムが「ジョーイ・モーランド、知ってるよ。もちろん!」って言ったのには驚いた、って言ってたよ。

ー”Five Nine Song”、”Kimi To Boku No Aida”、素敵なラブソングですね。奥様との思い出?“Stories”の歌詞はお嬢様に向けて書かれたのかな、と推測しています
“Five Nine Song” は、長女である初雪(はつゆき)が、かなり小さかった時に歌っていた詩にインスパイアされて書いたもので、彼女を散歩に連れて行ったり、寝付かせるために抱っこしたり、おんぶをしていた僕のことを歌っているんだ。
“Kimi To Boku No Aida” は、まだ結婚する前に、妻が手術を受けるために一人でアメリカを離れ日本へ帰った時の歌。
“Stories” は娘たちのことを歌っていて、僕がツアーに出ていて会えない時でも、いつもどんな風に2人の “曲” や顔が浮かんでくるか、ってことを歌っているよ。
(以前は大阪の14階建てマンションの14階に住んでたんですが、”Five Nine Song” の「世界のてっぺん」っていうのは14階のことで、「光」は14階の外の廊下やベランダからみえる大阪の街の明かりのことです。 また、ある年の誕生日、アメリカでの仕事のため家族と離れて一人で過ごしてたことも歌詞になってます。
“Five Nine Song” は、娘が2歳前後の時、よくピアノを叩きながら歌ってた歌詞が “five nine five nine” と連呼する歌詞で、そこからタイトルを取っています。
また、同じ頃、 “おててをつないでも、つないでも、悲しいの。涙がポロポロこぼれるよ”、という歌を自作自演で娘が歌っていて、それを詩に使ったのがこの曲です。 なので、娘の名前もクレジットされてます。アルバムの中の何曲かは、この大阪のマンションの部屋で録音・mixされたもので、 よくみるとjyu-yon Kai @Osakaとなってますが、なんかスタジオの名前っぽいけど、実は14階の自宅ってわけです。)

ー今作では様々な楽器を演奏されてますね。主な使用機材を教えてください。
1976年製Ibanezのレス・ポール、90年代中期フェンダー・ジャパンのテレキャスター、1965年製フェンダーUSAのジャズ・ベース、ギブソンのアコースティック・ギター “Dove” 、トーカイのベース “EB-3” 、Wurlitzerのエレクトリック・ピアノなどだよ。

ー”Wrong”のアコースティック・ギターのパート、僕も早速コピーさせていただきました。こういった楽曲はコードから浮かぶのですか?メロディーから?
どちらの場合もあるけど、”Wrong” は、どちらかというとメロディーから作ったかな。

ーアルバム・リリースに伴うジャパン・ツアーが10月30日から始まります(メンバー:ポール・チャステイン(Vo,G)、ジョン・リチャードソン(Dr)、トミー・キーン(G)、ブラッド・クイン(B))。この4人でのツアーというのは初めてですか?
ジョンとブラッドとツアーをするのは初めてだよ。ジョンとはいくつかライブをしたことはあるけどね。トミーの長年のベーシストであるブラッドの代わりにベースを弾いて確か2006年?にアメリカでトミー・キーンのツアーに参加したことがあるよ。
トミー・キーンは、 Teenage Symphonies To God ツアーでVelvet Crushのメンバーとして100回ほど一緒にライブをしてくれた。 僕たちは、あのアルバムで18ヶ月もの間ツアーをして、トミーがそのほとんどで演奏してくれた。ミッチ・イースターもその時、いくつかのツアーに参加してくれたんだよ。

ーライブの見どころをズバリ!お願いします。
新しいアルバムからの曲をやっとライブで演奏できるのが楽しみ!それにバンドメンバーがグレイト!このメンバーでライブを作り上げていくのがとっても楽しみ。それからトミーの初来日!

ー先日9月19日の京都拾得でのライブでもThe Small Squareの曲を数曲プレイしていましたね。バックを日本のバンドThe Mayflowersが務めた訳ですが、こういった試みは初めてだったのでしょうか?
その通り!バックバンドを他のバンドに頼んだことは今までなかった。楽しかったよ。The Mayflowersは、とってもいい人たちだったよ。
(それまで、ポール、数年の間に何度か日本でライブをさせていただく機会があったのですが、メンバーがいないことなどから、ほぼアコースティックライブばかりで、バンド形式ではしてなかったんです。アコースティックが続いたので、本人は「次はバンドでぜひやりたい」という気持ちが強かったようです。
ライブのお話があった時、アメリカに滞在していたのですが、アメリカでバンドメンバーを集めて連れて行くのも無理があり、ライブが9月19日なのにアメリカに8月30日までいたので、日本で新たにメンバーを集めるにも、1からの練習だと間に合いそうにないし。じゃあ「もうすでに存在しているバンドにバックバンドをしてもらうのが一番、短期で完成しやすいのでは」ということになりました。それでイベントの主催者でもあるThe Mayflowersにお願いしました。結果的に、ポールの期待以上の仕上がりに、ポールも大満足で、急遽、曲数もふやしたりと、とても楽しかったようです。)

ー私もポールさんのギターをお借りして”Drive me down”を一緒にプレイすることができるなんて、夢のような夜でした。余談ですがあのストラトキャスター、たぶんエリック・クラプトン・モデルかと思うのですがとても意外でした。あのギターはいつ頃から使用されているのですか?
そう、あれは、クラプトン・モデルのストラトだよ。実はアレ、妻のものなんだ。日本で弾かせてもらってる。彼女がいいギターを幾つか持っているので、アメリカから自分のギターを持ってきてないんだ。僕たちはクラプトンの大大大ファン、というわけではないんだけどね。でも、僕は好きだよ。特に The Cream、Derek and the Dominosとか、ジョージ・ハリソンやThe Beatles との仕事とかね。僕はギターを弾くのは好きだけど、今までストラトキャスターは持ったことがなかったんだ。
(ギターは、そういうことなんです。すみません。実は私のでした。レースセンサーのついたクラプトン・モデルで、1990年頃のものだと思います。しかも、元々は私のでもなく、大学時代に組んだバンドのメンバーの一人が買ったものです。( この彼がマシューファンだったことから影響を受けて私もマシュー/ベルクラファンになったのが、ポールにつながります。) )

ー話が脱線してすみません。最後に日本のファンへ向けて、メッセージをお願いします。
新しいアルバムは、CDやダウンロードで、いろんなところで手に入るよ。僕たちの曲で、僕たちについて知ってほしい。もし近くなら、ぜひライブに来てね!会うのをたのしみにしているし、The Small Squareのはじめてのツアーの一員となってほしいな!

thank you,

 -P